48.からだと霊的な戦い

エルサレムの市場

ニー兄弟の初期の務めにおいて、彼は霊的戦争を、個人的な面として見ていました。ところが、一九三九年から、それは個人的な事ではなく、からだの事であるのを見ました。エペソ人への手紙第六章の戦士は単独の信者ではなく、キリストのからだです。ニー兄弟は、もし信者が個人主義であれば、天にいる諸勢力と戦うのは困難である、と強く語りました。わたしたちが敵と戦うためには、からだが必要です。わたしたちは天にいる必要があるだけではなく、からだの中にもいる必要があります。